従業員による交通事故を削減するため、乗車前の一周確認や、スマートフォンの電源オフなど、社用車利用時のルールをさまざま設けている、という企業の管理者の方も多いのではないでしょうか。
しかし、実際にドライバーの行動を変容させるには、ルールの周知だけでは十分な効果が見込めません。
人間の思考、感情、行動といった心理的なプロセスを科学的に理解することも、交通事故防止に大切な考えのひとつです。
この記事では、ドライバー自らが気付きを得て行動を変容するために心理学の側面からできるアプローチを5つ抜粋してご紹介します。
社用車で事故を起こしたら? もしもの時に備えましょう!
目次
交通事故防止に心理学を活用すべき理由とは?

交通事故の多くは、ドライバーの確認不足や判断ミス、つまりヒューマンエラーによって引き起こされていると言われています。
たとえば、車道を走る車ばかりに意識が向いてしまい、歩道上の歩行者に気づかないケースや、ブレーキを踏んだつもりが、誤ってアクセルを踏んでいたといったケースが挙げられます。
このヒューマンエラーの背景には、「思い込み」「焦り」といった心理的要因が深く関わっており、マニュアルによる知識の習得や、ルールの周知だけでは、交通事故への対策として十分ではありません。
そのため、交通事故を更に防止していくためには、心理学的なアプローチによって、ドライバー自身の“行動変容”を促すことが必要です。
認知バイアスの理解で「油断・過信」を減らす

人間の思考や判断において、非合理的な偏りや歪みが生じる心理的傾向のことを「認知バイアス」と呼びます。
認知バイアスにも様々な種類があり、自分の信じたい情報だけを集めて、それに合わない情報を無視してしまう「確証バイアス」や、危機的状況に直面しても「自分は大丈夫」と考えてしまう「正常性バイアス」などがあります。
なお「バイアス」とは、日本語で「偏り」「偏見」「先入観」などを意味する言葉です。
運転における認知バイアスの例
「認知バイアス」は、車の運転にも大きな影響を与え、交通事故の原因となることがあります。
例えば、運転中のスマートフォン操作や、見通しの悪い交差点での一時不停止の際の「これまでもスマートフォンを見ながら運転できたから今回も大丈夫だろう」「いつもこの道は車が通らないから一時停止しなくても安全だ」といった考えには、正常性バイアスや過信バイアスといった心理傾向が関係しています。
このように、異常を正常だと思い込む心理的な思考のクセが危険の見落としにつながり、事故を引き起こす要因となるのです。
認知バイアスによる事故を防止するためのアプローチ
「認知バイアス」による油断や過信を防ぐには、過去のヒヤリハットや事故事例を活用したワークショップなどへの参加を通じて、自分のバイアス(偏見・先入観)に気づきを与える取り組みが有効です。
また、従業員の多くが決められたルールを守っていなかったり、安全よりも時間や利益を優先していたりするような職場環境も、認知バイアスを引き起こす一因となり得ます。
事故を起こした個人だけに対応するのではなく、全社的な教育や仕組みづくりを通じて、安全風土を確立していくことが重要です。
リスクテイキング傾向に働きかける

「時間に間に合わせたい」「仕事を早く終わらせたい」などの理由で、ドライバーがあえて危険な行動を取ることがあります。
これは「リスクテイキング」という心理傾向で、特に若手ドライバーや男性に多く見られます。
また、運転技術に対する過度な自信からリスクを過小評価してしまうケースでも、リスクテイキングが起こりやすくなります。
運転におけるリスクテイキングの例
運転におけるリスクテイキングの例はさまざまありますが、日々の業務の中で特に起こりやすいのが、「時間に間に合わせるため」の危険な運転です。
例えば、渋滞によって取引先への訪問時間に遅れそうなときの解決策としてとる「普段は通らない住宅街の抜け道を使う」「制限速度を大幅に超えて走行する」「黄色信号で加速して交差点を通過する」といった行為などです。
こうした行動により「時間に間に合った」という結果が生じると、たまたま事故を起こさずに済んだだけにも関わらず、リスクを取ったことが正解だったという“誤った成功体験”がドライバーに記憶され、その後も同様の危険な行動を繰り返す要因となります。
リスクテイキングを防止するためのアプローチ
ドライバーのリスクテイキングを防止するには、「急ぐこと」に伴う運転の代償を具体的に伝える教育が必要です。
事故によって発生する賠償金や修理費用などの直接的な損害だけでなく、企業の信頼低下や業績への悪影響といった間接的な損害も可視化することで、自身の利益を優先した危険な運転の抑制につながります。
また、過度なプレッシャーを生まない評価制度の策定や余裕ある納期の設定をおこなうことで、根本的にドライバーが急がなくて済む環境作りをおこなっていくことも大切です。
「JAF交通安全トレーニング」では、具体的な事例からリスクテイキングの危険性を実感してもらうための教材を配信しています。
新入社員や若手の社員など、リスクを取った運転をしがちな年齢層に対しては、重点的な教育をおすすめします。
リスク・ホメオスタシス理論を踏まえた教育

「リスク・ホメオスタシス理論」とは、「技術や仕組みによって安全性が高まったとしても、人々は事故のリスクが減ったと感じ、利益を求めてリスキーな方向へ行動が変化してしまうため、長期的には事故が発生する確率は変わらない」という考え方です。
運転におけるリスク・ホメオスタシスの例
近年、先進安全自動車(ASV)の普及が進んでいますが、その機能を過信してドライバーの行動がリスキーな方向へ変化してしまうという例があります。
例えば、衝突被害軽減ブレーキが搭載された車を運転した結果、衝突の危険がある場合に自動的にブレーキをかけてくれる機能が備わっていることに安心してスピードを上げてしまったり、わき見運転をしてしまったりという現象がこれにあたります。
また、積み重ねてきた運転経験によってリスキーな運転行動を引き起こすこともあります。
長年運転してきたことによる「自分は運転が上手い」という過信や、「この道は他の車が来ない」という誤信を起こし、安全確認を怠るようになることなどがこれに当てはまります。
いわゆるベテランドライバーと呼ばれる年齢層に多く見られる傾向です。
リスク・ホメオスタシス理論を踏まえたドライバーへのアプローチ
この理論をふまえると、ASV(先進安全自動車)をはじめとした「安全装備の導入」だけでは従業員による交通事故を防止するには不十分であり、安全装備の位置づけを正しく理解させる教育が不可欠であることがわかります。
例として、「先進安全自動車の主体はあくまでドライバーであること」や、「各種機能は事故防止の補助を目的としたものであり、ドライバーが楽をするための機能ではないこと」などを明確に伝える必要があります。
また、安全への動機づけを高めるアプローチも有効です。
具体的には、「リスクを避ける行動にメリットを感じさせる」「リスクを取る行動にデメリットを認識させる」といった仕掛けを通じて、安全な運転行動を自然に選択できるよう促していきましょう。
リスク・ホメオスタシス理論についてはこちらの記事で詳しく解説しています。
認知的不協和で「自分らしさ」とのズレに気づかせる

人は「自分の考え」と「実際の行動」が食い違うと、強い不快感(不協和)を覚えます。これを「認知的不協和」といいます。
この不協和を解消するために、人は行動を変えるか、考え方(認知)を変えることでバランスを取ろうとします。
例えば、「飲酒は健康に悪いから控えるべきだ」と考えていながらも、飲酒を続けている場合、本人は不協和を感じます。
その結果として、「やはり飲酒をやめよう」と行動を変えるか、あるいは「飲むことでストレスが軽減されているから問題ない」と考え方を修正することで、不快感を解消しようとします。
運転における認知的不協和の例
運転時においても、認知的不協和は頻繁に発生します。
例えば、「スマホを操作しながらの運転は危険だ」と認識していながらも、運転中にアプリケーションを確認してしまうと、認知(危ないとわかっている)と行動(スマホを操作した)の間に矛盾が生じ、不協和を感じます。
この不協和を解消する方法として理想的なのは、「やはり危ない。今後は絶対にスマホを見ないようにしよう」と行動を変えることです。
しかし現実には、「ほんの数秒だから大丈夫」「仕事の連絡だったから仕方がない」などと、考え方を都合よく修正して正当化してしまうケースが多く見られます。
このように、不協和の解消方法によっては、安全運転が促される場合もあれば、逆に危険運転を正当化してしまう場合もあり得るのです。
認知的不協和を利用した安全運転へのアプローチ
危険運転を正当化してしまう側面もある認知的不協和ですが、これを意図的に発生させることで、ドライバーの行動変容を促すことも可能です。
対象者に「あなたは日ごろから安全運転を心がけていますか?」と問いかけたうえで、直近の運転中においてスマホ操作が有ったかどうかや一時停止の順守状況などを自己確認させます。
このとき、「安全運転を心がけている」と回答したにもかかわらず、実際には一時不停止やながらスマホなどの行為に心当たりがあった場合、ドライバーの中に矛盾が生じ、強い不協和を感じます。
この不協和の解消に向けて、「今後は本当に安全運転をしよう」と自発的な行動の見直しが心理的に促されるのです。
認知的不協和を活用した行動改善の具体例
また、違反や事故を繰り返すドライバーに対しては、社内で安全運転推進を担う役割を与えることが、行動変容を促す有効な手段となります。
安全運転を周囲に呼びかける立場にありながら、自身が安全運転を実践できていない場合、本人の中に強い認知的不協和が生じます。
この矛盾を自覚することで、「模範となる行動をとらなければならない」という意識が芽生え、自発的な行動改善につながる可能性が高まります。
全社的に安全意識の改革を進めたいと考えている場合には、違反や事故を繰り返すドライバーに限定せず、社用車を運転する従業員全員を対象とした取り組みを検討してみましょう。
安全運転推進を担う役割を輪番制にして、定期的に担当を交代することで、「事故防止は会社全体で取り組むべきもの」という共通認識を育てていくことができます。
無理に変えさせようとするのではなく、役割を通して本人が自然と気づき、自ら改善しようと思えるようなアプローチが、より効果的です。
内発的動機づけで「自分ごと」にする

「内発的動機づけ」とは、「これをやってみたい」「もっと知りたい」といった、自分の中から自然と湧いてくる気持ちによって行動が生まれることを指します。
誰かに言われたからではなく、自分の興味や達成感、好奇心などがきっかけになって動き出せるため、行動を長く続けたり、自分から工夫しようとしたりする力につながります。
自己決定理論
動機づけに関する理論である「自己決定理論」では、人が内発的に動機づけられるには、以下の3つの心理的欲求が満たされる必要があるとされています。
- 自律性:自分で選んでいるという感覚
- 有能感:努力が成果につながっている実感
- 関係性:職場や仲間とのつながり
この3つの欲求が満たされる環境が整えば整うほど、人は自然と内発的に動機づけられるようになるとされています。
安全運転の内発的動機付けへのアプローチ
安全運転への内発的動機づけを高めるアプローチとして有効なのが、「ポジティブなフィードバック」をドライバーに対しておこなうことです。
違反やミスの指摘ばかりではなく、「よく周囲を確認できていた」「丁寧な運転だった」など、具体的な行動を肯定するフィードバックをおこなうことで、安全運転を心がけていて良かったとドライバーが感じることができます。
また、職場内で安全運転に関する対話や体験談の共有をおこなう場を設けることも、他者とのつながりを感じながら内発的動機を高める有効な手段です。
一方で、インセンティブ制度や罰則といった「外発的動機づけ」は、行動を始めるきっかけとしては有効ですが、長期的に継続させるためには限界があります。
そのため、安全運転の習慣化には、最終的に「自分自身の意思で安全運転したい」と思えるような内発的動機づけを少しずつ育てていくことが重要です。
まとめ|心理学を活かして効果的な安全教育を
交通事故を防止するためには、心理的な気づきを促し、実際の行動を変えていくことが欠かせません。
ドライバー個人へのアプローチはもちろん、全社的な取り組みを通じて、安全をなによりも優先する環境づくりも併せておこなっていきましょう。
「JAF交通安全トレーニング」では、心理学の側面から行動変容を促す教材や、ドライバー自身に自分事と捉えてもらうための教材・仕組みをご用意しています。
また、毎月継続的に受講いただくことで、企業全体の風土改革にも効果的です。
従業員の運転に対する心持ちや行動を変えていきたいとお考えの方は、JAF交通安全トレーニングの利用を検討してみてください。
社用車で事故を起こしたら? もしもの時に備えましょう!